ど田舎生まれ、
ポケモンGOをつくる

『ポケモンGO』グローバル公開の瞬間。ナイアンティック本社にて。『ポケモンGO』グローバル公開の瞬間。ナイアンティック本社にて。

はじめに

2016年7月5日午後3時、カリフォルニア州サンフランシスコ市内にあるオフィスビル、会議室に集まったナイアンティックのメンバーに見守られる中、僕は『ポケモンGO』公開のボタンを押しました。この日公開された『ポケモンGO』は瞬く間に世界中を熱狂の渦に巻き込みました。公園に集まってポケモンを捕まえる人たちの姿が連日テレビで報道され、インターネットで『ポケモンGO』が話題にならない日はありませんでした。『ポケモンGO』で遊ぶために「ポケストップ」と呼ばれる場所に多くの人が詰めかけ、スマートフォンを充電するためのモバイルバッテリーは飛ぶように売れました。アメリカの大統領候補だったヒラリー・クリントンやドナルド・トランプをはじめ、多くの著名人が『ポケモンGO』のことを口にしました。日本では公開前から話題が絶えず、公開時には大勢の人が街に繰り出し、ポケモンを探し回りました。ポケモンが多く出現する町中の公園が日本だけではなく、世界中で連日お祭りのときのような賑わいを見せました。

『ポケモンGO』は株式会社ポケモンと米ナイアンティック社が共同開発したスマートフォン用のゲームアプリです。2017年6月時点で、150以上の国と地域で公開され、ダウンロード数は7億5000万以上です。僕はゲームディレクターという立場で開発チームの一員として『ポケモンGO』に携わっています。この本では、僕の生まれたときから『ポケモン』との出会い、グーグルへの就職、そして『ポケモンGO』を開発することになった経緯を解き明かします。

信号機すらない、ど田舎に生まれた僕がいろいろな人に支えられて、また数々の幸運に恵まれて、『ポケモンGO』をつくることになった物語を通して、少しでも読者に勇気を与えられたら何よりの幸せです。

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